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カラス口は製図用の線引きの道具。フランス語では tire-ligne
ティール・リンニュといって、まさに線引きです。今ではコンピューター処理の時代となり、御用済みになりつつある道具の一つ。現代カリグラフィーは字が書けるものならばなんでも利用して挑戦。勢い良く書くと、インクがパッと字の周りに弾けるのが面白い効果を引き出してくれます。カラス口では書のリズム感をより表現できるのです。自由書体といっても、やはり基本はイタリック体のシャンスリエールです。 その
chancelière シャンスリエールとは、イタリアで用いられた書籍用の楷書体ユマニスト
humaniste という文字に対して16世紀ごろ生まれた一般使用の手書き文字が基になっています。当初はあまり特徴のない書体だったものが、次第に少し傾斜し、文字と文字を連結させて書くようになったりと変容してゆき、エレガントな書体となってローマ教皇の尚書の文字となりました。この尚書院を
chancellerie シャンセルリィといい、そこからこの書体を
chancelière シャンスリエール、イタリア語では
cancellaresca カンチェラレスカと呼んでいます。まづ、イタリアで発展し、やがてフランス・イギリス・オランダ・スペインなどで一般に広く愛用されました。ドイツは? あそこではゴチックの書体としてまた違った形でいろいろと発展してゆきました。それはまた、改めて別の機会に紹介します。
ギャラリーの中の左側中央の羊皮紙の作品やその下の紫の地の作品などはシャンスリエールの初期の書体。一番右下の作品がシャンスリエールの定まった書体です。参考までご覧下さい。
ここでちょっと、せっかくだからオマケに俊寛の話を。鬼界ヶ島というと何か聞いたことあるなぁという方が多いと思います。時は平家全盛の頃。僧都俊寛は後白河法王の密命により平家打倒を画策したというかどで平清盛の怒りにふれ、他の2人とともに鬼界ヶ島へ流罪となります。翌年、島へ赦免の船がきますが、赦免状には俊寛の名前だけありませんでした。よっぽど清盛に嫌われてたんですね。そうじゃないと話しが面白くない! そこでただ一人島に取り残されて絶望に嘆き悲しむ極限の人間の孤独。(今月の作品はその嘆きと孤独をうたった部分)俊寛はここで一生を終えます。ああ悲しや。これが平家物語や後世にはさらに脚色されて能や歌舞伎の題材として人気を博しました。この島は実在には違いないのですが、鬼界ヶ島という名の島がないため、現在、九州の鹿児島方面などにある三つの島のどれかがそうだとされていて、記念碑や俊寛の墓などがあるようです。
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