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2003年08月の鵞毛庵日記

巴里の曇り空の下、石畳に日の丸の旗がひらひらの巻

2003.08.31

皆さん、見ましたか〜?女子マラソン。
転んじゃって残念だったOMINAMI。(オミナミじゃなくってお大南さんだったのね〜、まっしいさん。)金は逃したけど、2〜4位は日本人。さすがマラソン大好きニッポンだとTVで言ってました。日の丸振ってる人多かったな〜。庵主もどこかに見に行こうかと思ったんだけど、曇ってきて寒そうなので止めました。旗振ってたらTVに映ってみなさんにも御挨拶できたんですが。(笑)

余談ですが...「日の丸の旗がひらひら」はフランス人は言えないのら〜。HINOMARU NO HATA GA HIRAHIRA と書いてあっても、イノマルノアタガイライラとなりますゥ。

あ〜あ、陸上終わっちゃったな。って最初は始まったのもしらなくて、日本のみんなから言われて認識したっていうのにねェ。てへへへ。
なんでも今大会は大成功だったようで、オリンピックやサッカーみたいに人気が出てきたと、盛んに話題になってました。スタジアムも大きいのに結構入ってたし。確かに今までは日本ほどメジャーじゃなかったなァなどと再認識。

       **************

夜、TVで見たフランス映画は可笑しかった。主人公は45歳の誕生日むかえ、夫婦間は倦怠期。若い愛人のほかにおホモだちとも関係がある。さらに奥さんからは愛人がいることを告白され、それは娘の学校の先生。三つ巴が四つ巴にも幾重にもなって、コメディータッチで結構面白かった〜。最後は丸く収まってハッピーエンド。

実際、学校の先生と生徒の母親というのは結構あるらしい...。日本もそうですかァ?ん?

 

雨降って涼し〜い巴里の石畳

2003.08.30

今日は男子マラソン。昨日から雨模様が続いて、気温も天気予報によると14度。41度じゃありませんよ、14度。

朝から降ったり止んだり、パリ市内でも場所によって全然違う状態でした。そんな中でのマラソン。今回はスポーツというだけでなく、こういう機会にさらに世界中の人達にパリの観光地を楽しんでもらおうという配慮から42kmのコースを設定したとか。庵主の自宅付近は通過しませんでしたが、選手村として使用されている国際大学都市は歩いても行ける比較的近いところです。ここからだと、サン・ドニのスタジアムまで高速地下鉄で一本。考えてますね〜。
マラソンは日本選手は残念ながら5位。フランスは女子走り幅跳びとリレーで金メダルが二個。盛り上がってましたねェ。

明日は女子マラソンと男子リレーの決勝でどこまで日本選手活躍できるかな?

          ***********

やっと、酷暑で亡くなった人の8月前半の信頼できる数値がでました。その数、なんとNYテロ被害者のほぼ4倍に当たる11,435人。葬儀屋さんの協会による予想では10,400人ぐらいだったのをはるかに上まりました。8月全体ではおそらく13,000人には登るのではないかとの話。9月末にならないと、はっきりとした統計はでないそうです。

何日か前に、祭日を一日減らして、一人暮らしのための老人に奉仕するシステムを取入れたいとの政府の提案がありましたが、どの祭日を止めにするとか、なんだとか、立ち消えになりそうな気がしないでもない....。

とにかく、いまだに身元引受人や家族が現れない気の毒な遺体がたくさんあり、とりあえず、共同墓地に埋葬されています。

 

今日は雨、久しぶりの雨、そして18度あるのかな?

2003.08.29

やったね〜〜〜〜。スエツグ銅メダル!

フランスのTVでもすごく応援してて、カメラは彼をずっと追っかけてました。スタート時に審判から何か言われてる時もものすごく心配してて、3位の結果が出る前から「絶対スエツグ」を連発。結果が判ったらまたしてもカメラは彼を追っかけ、監督と抱き合って泣いてる姿は『感動シーン』ですよォ。なにしろ短距離で初めてのことで、終わってからのトピックスの番組でもイッパイ取り上げて、録画と共に日本のアナウンサーの実況も流したので日本で見ているみんなと同じ興奮を味わった気がしましたぁ。

今日、びっくりしたのは健常者のプレーと同時に車椅子の
1500mの競争があったこと。これにも日本選手が出てましたね。優勝はフランス。これも盛り上がってました。

女子リレーは準決勝でフランス記録も出てタイヘンな騒ぎです。
    
              ************

今日小耳に挟んだフランスのニュースから:

多分この間の酷暑のせいかと思うけど、大西洋の温度が上がっているとか。本来なら今頃マグロ(白身のシーチキンのまぐろ)がフランス沿岸を通過するはずなのに、もうとっくに通過しちゃったらしい。片口いわしもそうなんだとか。酷暑がもたらすものにもうひとつ追加となりました。


貧乏人のデパートといわれるTATIが倒産しかかっているらしい。これはピンクの千鳥格子に青のロゴで、衣料品を超安く売るお店としてスタート。近年は宝飾店や旅行代理店にも手を伸ばしてます。これは近頃、安い衣料品店の商売敵が増えたことからの展開だと思うのだけど、パッとせず。先日はウェディングショップが火事になったりと、踏んだりけったり。

庵主はTATIでは一回しか買い物したことないです。できたばかりの頃に、興味本位で覗いて、水着を買ったことがあったなぁ。たしか当時の金額で10FFぐらい、¥500ぐらいじゃなかったか?

すごい派手なロゴです。

 

??な顔して走んないでよねェ〜の巻

2003.08.28

あんまりいろんな人が世界陸上の話をするので、昨日ぐらいからやっと夜、TVで観戦してます。(遅いよ〜)

昼間はやっていないのね。こちらの時間で夕方6時くらいからやってます。今夜は、なんと、男子200メートルの準決勝で、日本人が出ているじゃありませんか〜〜。へェ〜?なんて思ってたら、このスエツグ選手はスタートの時の足の位置が普通と違うというので話題になっている男の子でありました。それだけじゃない!だいたい短距離で日本人が上位に進出するってことは従来稀なことであって、マラソンなんかんの長距離耐久型に強いと思われていたので、ちょっと話題に。それにね、今日なんか2位ですよ。全体で4位の成績だって。ゴール地点で一位だったアメリカ人が横向いて??って顔して走ってたもんね〜。インタビューで日本人が横に走ってて驚いたって言ってました。明日が決勝。頑張ってくれるとなんかうれしいな。来年のオリンピックの楽しみが増えたわ。
今夜は他に女子ハンマー投げがあって、フランス人が銅でした。危うかったんだ。優勝したキューバの選手はスゴイ。とにかく女だてらにハンマー投げなんて、筋肉マンみたいなお姐さん達で、ちょっと恐ろしいものを感じましたが、口を開くと走ってる選手よりもフェミニンだったりして。これでも意外な中国選手が奮闘して、注目浴びてました。

そうそう、ポルトガル商人は読み終わりましたぁ。聖フランシスコ・ザビエルとの交流が中心になって話が展開。400年以上前に、九州でこんなことがあったんだと思うと読んでてなんだかちょっと不思議な気分に。そういえば、ザビエルの子孫に当たる人が偶然にもイエズス会の神父様になって、上智大学にいらっしゃるとかですョ。

教科書に必ずといってよいほど掲載されているザビエル像。17世紀初期の作品で重文。神戸市立博物館に所蔵されています。

 

目を閉じなさいの巻

2003.08.27


うっひょ〜〜、こわいよ〜〜ん!!

遅ればせながら今日からPANG兄弟の「The Eye」が公開されたので、見に行った庵主。

リングやら回路やらはちっとも怖くも面白くも無かったので、それ程期待はしてませんでした...。

しかし...。

はっきり言って、久しぶりにかなり怖かった。こういうの、酷暑のときにやって欲しかったなぁ。

何しろ主人公と一体になって恐怖を感じるような撮り方、怖い思いをするのが、昼間のラーメン屋だのアパートのエレベーターだの(家は無くってよかったぁ〜)、ごくごく普通のところ。

あ、この映画を御存じない方のために簡単なあらすじをお話すると、ある女の子が角膜移植を受けて、成功するんだけど、角膜ドナーの「なんでも見えてしまう」ことまで授かってしまうというお話。

洋物とちがって、足のないお化けも出てきて...。やっぱりそういうのってコワ〜イ。それも親子連れでェ...。


ああ、また怖くなってきたんで、ピントと聖フランシスコ・ザビエルの話し読んで寝ようっと。

 

みつ豆にだまされるの巻(みつ豆さんのことじゃないわよ〜)

2003.08.26

相変わらず片付かない片付けと、夜更かしで読書の日々。

ポルトガル商人は無事、種子島に漂流。無事って無事じゃないから漂流したんだけど。(笑)今晩読むところは、多分、ピントが鉄砲を種子島の島主であった時尭に3000両という法外な値段で売り付けて、それから大友宗鱗に会いに豊後に向かうってところでしょう。続きはまた明日。

さっきBBSでkingyoさんにちらっともらした今日の面白い収穫。

例の甘栗を買い足しに行ったついでに発見!

缶を見た感じでは、仙草ゼリーではあるけれどみつ豆風。さくらんぼも飾ってあるじゃないの〜。中身は何かなぁと缶を手に取って見ると、小豆と緑豆が入っている。ふむふむ。ま、買ってみるか。

仙草ゼリーとは、生薬のカンゾウエキスのゼリー寄せで、黒くて苦くって薬臭いのですが、ほれ、正露丸とか、漢方薬の匂いです。庵主はプレーンの甘くないのが本当は好きなのですが、この写真に魅せられて買ってしまったのでしたぁ。

開けてびっくり玉手箱ォ〜〜〜。はっはっは。
サイコロ状に切ってあるわけないよな〜。いつも缶からスポッと出して自分で切ってるじゃないのさ〜。(笑)だまされたな〜。って疑ってなかったわけじゃないけどォ。
でもって、缶の上蓋を取ったからって簡単にでない。縁にひっかかる。缶の直径の方が蓋を取った後の縁より大きいのです。う〜ん。仕方がない。包丁で真ん中に切れ目を入れて引っ張り出しました。

ぬぬぬ?

豆は別じゃないのね。ゼリー寄せになってるわけね。ははぁん。
均等に豆が散らばってるなんて考えはアマイ。で、写真のような具合でございます。
緑豆も小豆も訳がわからなくなってます。(笑)
お味の方は甘すぎず助かったぁ。でも、別々のほうがいいなぁ。
これだったらいつもの仙草ゼリーにゆで小豆かけて食べる方がいいかなって感じがしています。さくらんぼはもちろん!入っていません。みかんの缶詰も。(ぶぶっ)

中国広州は鷲金銭印の即食鴛鴦豆甜涼粉でござりまするゥ〜。ずるずる。(どこがオシドリ豆なんじゃっ!!)

 

その南蛮人がほら吹きだっていいじゃないか?の巻

2003.08.25

数日前から読み始めたポルトガル商人の話。夕べは気がついたら午前3時にならんとしておりました。いよいよ話は佳境に入らんと、主人公は種子島に漂流せんとするところ。今日はちょっとネットの日本語のページでこのフェルナン・メンデス・ピントを検索してみました。

 それで判ったのが彼の著書は日本語に翻訳されていて、「東洋遍歴記」(岡村多喜子訳/平凡社・東洋文庫から全3巻)が出版されているということが判明。それと同時に種子島の観光局なんかでは殆どピントの話を史実として受け止めているけれど、実際のところ、人の手柄も自分のもののように話をぱくっているふしがあるらしいなんて説も判明。(まぁ、いいじゃないか。何百年も昔の話しだしィ)庵主が学生時代に偶然見つけて買った「東洋遍歴記」の抜粋仏訳には、そういう風には書いてなくて、とにかくこの著書で初めて極東の地理(これは大きな功績だった様子)や習慣などの詳細が西欧に知れ渡り、ピントの死後、出版されてからヨーロッパ各国で翻訳もされてかなりブレイクしたらしいです。

  1543年といってピンと(ピントっ!!)来たあなた!(今日、某BBSで「ピンとくる」の話をしたばっかりだわ。ね、まっしいさん。) .......。そうです、種子島、鉄砲伝来ですっ。ピント御本人は自分が漂流した3人のポルトガル人のうちの一人だってことで話を進めてます。でも現存の古文書には彼の名前はないらしい。ピントだってピンボケだって誰だっていいじゃんか、という気分。

さあて、今夜も読みふけってしまうかな〜。

写真は上が16世紀末の日本地図。向かって右下が学生時代に買ったピントの表紙、隣が今回の冒険小説「商人と聖人」。

 

忍びの者も食んだであろうか栗の味の巻

2003.08.24

日本もいきなり暑くなったとか。みなさん、大丈夫ですか?

今日は結構気温高かったそうですねェ。もうすぐですよ〜
40℃!!イヒヒ。

こちらはあれ以来安定していて、普通の夏を過ごしています。朝晩は15度前後だけど、昼間は陽が差してればかなりの暑さ、といっても30度にはなってないかなぁ。この間、40度からいきなり30度ぐらいに下がった時は、思わず肌寒くて長ズボンにトレーナーなんか着込んだ庵主ですが、今はさすが半袖で真夏スタイルです。前に香港で、30度切ったとたんに、待ち行く人たちがセーター着てて、庵主一人が滝のように汗を流して歩いてたことがあるんだけど、その行為が良く理解できました。

お天気良いし、風は気持ちいいし、なんて呑気に外に出たらかなり暑かった〜。セルやさんのリクエストにお答えしようと思ってたんだけど、デジカメを家に忘れて中華街の模様はまたの機会に。でも、今は木が茂っていて視界が悪いのでもうちょっと秋になったらのほうがいいかなぁと思ってます。

その代わりというわけではないのですが、今日の収穫。
天津甘栗!! 浴衣のミーコが不思議そうな顔をして覗き込んで興味津々。(笑)

中国は河北省産100%の天津むき栗であります。

裏側の但し書きによりますと、この栗は珍味中の珍味、果物(木の実?)の王の中の王。河北の燕山深くの産で、天然保健食品。常食は長寿につながり、李時珍はその著「本草網目」の中で、栗は腎臓に良く働きその機能を促すので、長く食すことによって延命効果あり、と語っている云々が中国語と英語で書いてあります。

なんか大義名分って感じだけどね〜。
庵主としては皮をむきむき食べたいところですが、ま、お手軽にぽんと口に放り込んで、お味はまあまあです。
「天津むき栗」って日本語が入ってるのが、ニクイ。だって、日本人なら迷わず買うもんねェ。何を隠そう、私、これにひっかっかた張本人です。(クセになりそ〜〜〜)
それにGOURMETグルメとも書いてあるしね、食通ですよ、食通!
開封即食、無添加、無着色、産地直接加工、そして下の方には良く見ると「自然の甘さはヘルシーです」「河北省産の栗100%使用」が日本語。変な日本語じゃなくってちゃんとしてるし、益々手が出ます。

コレに迷わず手を出したのには、実はもうひとつ訳がござんした。昨日、ネット上で中井貴一のなんかを見かけたんだわ。それと栗とどういう関係がある? まぁまぁ、ゆっくり話を聞きねェ。(笑)それから「梟の城」(中井貴一の忍びの者はお上品でした)に繋がったとみねェ。それは何年か前に東京で母とこの映画を観にいった時のこと、その時に私が天津甘栗をなつかしがったら、母が買って食べましょうよって言って、二人で栗つまみながら映画観たんでした。その前にてんぷらやさんで天丼食べたばっかりだったんだけどね。ま、映画館だから、おせんにキャラメルだしィ、野球だったらぶっかき氷っ(昔はそうだったんだって、野球狂の母曰く)てとこです。

 

いったい何人亡くなったんかいなぁの巻

2003.08.23

日本もやっと夏らしくなった様子。こちらはすっかり落ち着いて1週間ほどになります。

酷暑がもたらしたもののひとつの「高齢者の死」。後を引いてます。政府の対応が悪く対策遅すぎで暑さのせいで死者が増え続け、その数、3000から5000。さらに葬儀屋協会の発表によると1万人かとまで言われているけれど、その実態はまったくつかめず。首相がいらだった様子をみせていましたが、自分達の手際の悪さが招いたことじゃないか〜〜。

どうしてはっきりした数値が得られないのかというと、戸籍係の正式な発表が毎月末で、緊急時の対策がなされていないらしい。酷暑は今月前半だったから、あと一週間ぐらい待たないと結果が不明ということになってます。それと、一人暮らしの老人で身寄りがあるのかないのか不明の例が何百人もいること。とりあえず、仮の埋葬をして身寄りの人が現れるのを待っている状態とか。浮浪者にもきっと死んじゃった人は多いんだろうな。なんか浮かばれない話だわぁ。


            ***********     

片付けちょっとづつしか進んでません。いろいろごちゃごちゃやっています。
いたるところに王様グッズと、さらに厄除けの御尊顔。 

 

捨てても捨ててもゴミがでるの巻

2003.08.22

夕べ遅くまで本を読んでいて、今朝は近頃にしては珍しい大朝寝坊。涼しくなってやっとゆっくり眠れるようになったってことですな。(←言い訳...)

昨日から16世紀に日本まで渡って財を成すもその後没落してしまったポルトガル人の話を読み始めたために、かなりの夜更かしをしてしまいました。

今日は一日(?)部屋の一部模様替え片付けをしていた庵主。ちょうど一年前に「大掃除」をしたのですが、モノをなかなか捨てないという悪い癖があり、すぐにごちゃごちゃ溜まってしまうんですねェ。ま、あれだけ厳選してさらにこの一年の間にまったく日の目を見ることもなく、その存在すら覚えていないようなモノは即座に捨てるということに。日本からもいろいろ買ってきたし、個展のあとの反故の整理なんかもまだきちんとしていなかったので、ガンバルゾ〜〜〜!と意気込んではみたものの、この間の酷暑で絵具のニカワが出てきちゃってるチューブなんか見つけちゃって、げんなり。全部点検しなきゃ〜。弱ったな〜。最近つかってなかったインク類もなんか怪しいなぁ。

という具合で、あっという間に一日は終わり、夜8時過ぎにあわてて近くのスーパーに走って、買い物するという始末。

今日も結構遅くなっちゃったな。これからシャワー浴びて、本読むと、また夜更かしか...。

 

猫の事務所をたづねての巻

2003.08.21

今日は午前中はカリグラフィーのレッスンで久々の遠出で、朝からお化粧して身なりを整えて、メトロに乗ってな〜んて、都会の人間に蘇生したところです。(笑)中華街だとどうもお気軽で、どこから見ても「買い物のおばちゃん」なものですから。

さて夕方、散歩というか買い物というか、例の裏道の一軒家街の写真を取ろうと思ってデジカメ持って再び出かけた庵主。

朝晩は14〜5度という涼しさですが、日中は日差しは結構強く、27〜8度はたっぷりある感じ。でも風は割かし冷たい。うん、うん、これが本来の巴里の夏よ。家の中は快適。
外は暑いかなぁと軽装で出かけて正解でした。

しかし、写真だとどうも雰囲気違うな〜。やっぱり実際に歩いてみないと。表の大通りの雑踏から中に一本入って、急に建物の様子が変わって視界が開ける感じが判りにくいと思います。それと、一軒だけをアップで撮るのも結構難しくって。あとは、光線の向きで取れなかったところもあって、これはまた時間を変えてみようかなと思ってます。

右上の建物はすごォ〜く古いはず。というのは、壁の木の梁(壁にも梁って言うのかな?)が出ているから。大昔はみんなこんな建物だったんだけど、パリ市内にはごくごくわずかしか残っていません。中世の頃、大火事があって、かなりの家が焼失してしまったので、それ以来、パリではこういう建て方は御法度になり、石造りの頑丈なものが奨励されたためです。でも、この写真の家はそこまで古くないはず。だって、階数もあるし、ここはその時代にはパリ市内じゃなかったから、おそらくもっと後になって建てられたものでしょう。ここは広場になっていて、いきなりこんなものに遭遇するの、不思議な感じです。車は沢山停まってるけど、人通りも滅多になくて静か。白いデブ猫は見かけなかったので、今日は猫の事務所はどこか判らずじまいでありました。(笑)


                 **********

 久しぶりにメトロに乗って。前にも触れたけど、懐中物注意のアナウンス。日本語もあります。ということは、それだけ日本人観光客の被害が多いということ。今朝乗ったメトロで日本人女性二人連れと一緒になりました。ある駅でそのアナウンスを聞いて、
  「へ〜、日本語じゃん。おっかし〜。」

 なんかこれを耳にしてムカムカしてしまった。
  「てめェらみてェのがいるから、親切に言ってやってんじゃねェか。ばぁろ〜〜」

 と菩薩顔のまま心の中でオタケビを上げた庵主でした。
 とんだ失礼をば。おホホホ。ごめんあそばせ。(爆)

 

質問にお答えしての巻

2003.08.20

BBSに蒼月さんが素朴な疑問を吐いていた(笑)ので、庵主は????の心地がしないでもなかった。と、いうのは、

「なぜ暑いなら皆、電気屋さんでクーラーを買わないのか?」

というこの素朴な疑問。もっともである。しかし、ここフランスおよびヨーロッパではもっともじゃないんですよ〜〜〜〜。

まづ、今頃の平年並みの気温がパリだと朝晩18度前後、昼間は24〜5度前後が普通な上に、日本と違って湿度がない。日本の24〜5度よりはすっきりさらっとしていて、空気は重くない。
建築物の殆どが100年、200年、またはそれ以上の頑丈な石造りで、台風も地震も無いし、パリは戦災にもあってないので(いみじくも占領されてドイツの司令部がありましたんで。)、そういう建物は壊れないんです。その中は涼しい。ひんやりしていて気持ちよかったりするのら〜。

昔は夏でも夜のお出かけには毛皮を着ている人は珍しくなかったんです。中は殆ど裸みたいな格好だけどね。デコルテのイヴニングドレス。

ひどい年は夏物に一切袖を通さずに終わってしまうようなこともあります。これ、最低。12ヶ月、殆どおんなじ格好してるっていうの、ツライです。気が滅入ります。肩も懲ります。

ま、とにかくそんな気候なんで、クーラーの需要が無いわけです。需要が無いってことは、商品開発にはつながらないので、電気屋さんに売ってない。扇風機も季節モノとして見かけるようになったのはここ数年です。ところが、地球の温暖化とともに、年々気温が上がっているのは事実。まづ、新建築のオフィスビルに徐々に普及、やがて、個別に取り付けられる簡易空調機がオフィス用なんかにお目見え。映画館はけっこう早くから設備が整っていたような気がします。さすがフランス人は映画好きだからかなぁ。レストランもぼちぼち。そうそう、天井でぐるぐる回るプロペラみたいな扇風機、なんか植民地情緒たっぷりの。あれはありましたね。だからすでにそういう設備があったところは冷房に取り替えたりしてたかも。でも、カフェは以外に少ない。だって、夏場は全部開け放ってテラスを出すから、締め切って冷房してちゃお店閉まってるみたいでしょ。
公共の場といったって、建物が古ければ古いほどそういった設備とは縁遠いし。だから病院にクーラーないなんて珍しくもなんともないんです。
さて、個人レベルでは...。話になりません。まづ、そういう物自体ないんだもの。(なかったが正しいかな)それから、古い建物の殆どが歴史建造物として指定を受けているので、勝手にいじくったり、色を変えたり、穴を開けたりできない。だから外にに出っ張るクーラーってのはいただけない。やはり新建築のそういう規制が少ないアパートにしか設置できないのです。実は日本のメーカーが結構その辺りの市場で頑張ってるみたいで、どんどんお手ごろなの出始めてます。×″イ○ンです。でもね、需要があってこそのお手軽価格ですからね。ぱんぴーには高値の花ですよ。日本人の駐在員のハイソな地域にお住まいのオタクでは結構ありますね。だって、クーラーって必要不可欠家具ってことで、大概の企業が支給するか予算組んでるんだもの。

う〜ん、長くなっちゃったけど、もうちょっと。

扇風機の話。前にも書いたと思うけど、フランス人って風に当たるの嫌いなんです。特に背中に当たると病気になるとかいって。だから窓開けない家も結構あるんです。くちゃいです。>へ<;
 
 ということで、扇風機すらろくに売っていなかったこのパリで、私が10年ぐらい前にやっとの思いでバングラデッシュ人の金物屋さんで大枚叩いて買ったのが写真のシロモノ。首振るだけでもマシ。風力も3段階ありますが、この大きさで3の風力は本体が揺れてぶっ飛びそうです。(笑)とうぜん首振るときはBGM付き。ギ〜ってうるさい。

扇風機だけでは殺風景なので、うちの3人娘に色を添えてもらいました。いっとる芸者ガールも。酷暑の折にはタイヘンにお世話になりました。merci〜。

 

金桂花茶を飲みながら

2003.08.19

庵主の住まいはパリの中華街近くですが、 意外に最近まで無かったのが中国茶専門店。美味しいお茶を買うにはそんな遠くじゃないけど余所まで出向かなくてはならなかったわけです。それが2年ぐらい前にやっと開店。その名は「帝國茶苑」。お茶だけでなく、茶器やお茶に関するグッズに本なんかも売っていて、もちろんお茶も飲める。でも、このお店の前を通る時は、十中八九買い物の行き帰りなので、ねぎや豆腐を抱えてゆっくりお茶もないしね〜。あの、中国式のお茶をゆっくり味わいたいものだと思うけれど、大根がにょき〜なんて袋持ってちゃぁ。だからここでお茶したことはまだありません。お茶を買うだけ。お茶請けにお菓子もあって、近頃は人気の抹茶味ものが揃ってます。フィナンシエール(あっさりしたマドレーヌみたいなもの)、エクレア、サブレなど。

10年以上前は時折台湾や香港に帰国の際に立ち寄っていたので、まとめてお茶を買ったりしてましたが、その時に覚えたのが「金桂花」。緑茶に近い烏龍系でほのかに金木犀の香りがします。「黄金桂」というのは金木犀の花が入っている、いわゆる花茶ですが、金桂花のほうは上品に香りだけ。

今回は半年以上待って、やっと入手。これを飲むと、いつも台北で見た満開の金木犀を思い出します。風に乗って花のいい香りがして、友だちと二人で花のありかを見つけたときの感激。でも今はちょっと切ない。あ〜あ、その時一緒だった台湾人の友だちは2年ぐらい前に病気で亡くなってしまったのです。

このお茶器もその彼女がナイトマーケットで選んでくれたもの。お盆は過ぎちゃったけど、故人を偲んで今宵は金桂花(チンクイホゥワ)。

 

恵みの雨!!!

2003.08.18

夕べ寝る前に横になって本を読んでいたら、なんとなく湿った匂いがしてきた。んんん?
うわぁ〜雨だわ〜〜〜!!
いったいどれぐらい降ってなかったんだろうか。

そして朝までずゥ〜っと降ってました。雨の激しい音や気温がどんどん下がるので、その度に目が覚めて、気が付いたら朝だったという感じ。暑けりゃ暑いで何度も目が覚めて、雨になりゃ雨の音やら涼しいといって眼が覚め。なんか疲れちゃうな〜。気温も一気に20度前後だしィ。

今日は午前中断水との貼り紙があったので、この間の二の舞は困るからと早めに起きなきゃならなかったし。でも、なんか断水しなかったみたい。な〜んだ。ぶりぶり。

しかし、恵みの雨には違いない。ありがたやありがたや。

 

ついに行かなかった巴里浜辺

2003.08.17

セーヌ河畔に浜辺なんて日記に書いたけど、結局今年も行かなかった庵主。ま、そんなもんでしょ。本当は一度ぐらいとは思ってたんだけど、なんせあの暑さじゃね〜。夜だってちょっとは涼しいなら出かける気にもなりますがね、11時、12時だっていうのに30度以上あっちゃぁ、汗が出るばっかりで尻込みですわ。
やっとそんな気分になる気候にもどりましたが、今日が最終日でした。明日あさってとお方付けして、火曜日からは元通りに車がビュンビュン走ります。

代わりと言っちゃあなんですが、今日は近所の散歩に出かけてみました。8月のパリは静かなので裏通りは人影少なく、猫の事務所?なんて雰囲気のところも無いわけではありませぬ。うちの近所には一軒家ばかり並んだ、雰囲気の違うブロックがあるんです。そのうち写真撮れたらUPしませう。
散歩にもデジカメ持って歩かないとな〜。

 

風に枯葉舞い散る巴里

2003.08.16

といっても秋の気配じゃありません。朝晩は20度切っても、昼間は30度近くありますもの。

街路樹や公園の葉っぱ。酷暑で干からびちゃったのですよォ。
だから風が吹いてカラカラカサカサ言わして石畳に舞い散ってます。そして人に踏まれて粉になっている有様。

しかし、桐の木はさすがですね〜。火事場でも桐のたんすは焼け残るとも言われる水分たっぷりの木。ビクともしない様子。瑞々しい感じです。葉っぱもしっかり青々と、実も大きくなってます。なんとなく、安心。


庵主だけでなく、おそらく大概の人が、ここのところ、朝晩涼しいので寝てる間の体温調節がうまく行かず、掛け物を剥いだり被ったりで良く眠れず。従ってお昼寝万々歳です。
胃腸の調子もなんかダメだし。

そうそう、3000人の死者はフランス全国でで、パリだけじゃありません。念のため。巴里で3000人の死者だったら、庵主もすでにミマカッテおりまする。(笑)

 

日本はお盆、こっちは聖母被昇天祭

2003.08.15

だからどっちも連休。
でも、いつもよりお店も開いてたりして、スーパーもやってました。

庵主は酷暑疲れです。やっと平年の気温に戻って日中は30度前後なんだけど、この間から比べると10度以上は気温差があるので、すごく涼しく感じ、体が順応せず。

目イッパイ全開だった窓も一部は閉めて...なんか息が詰まりそうな閉鎖的な気分に。

 

酷暑続きがもたらすものは

2003.08.13

その1
エアコンが当たり前でないフランスでは、レストランやカフェは必ずしも涼しいところではない。従って、閑古鳥状態。日陰のテラスのみお客さんがいるわけ。商売あがったりィ。

その2
老齢者の死亡率が急上昇。暑さで秋冬を待たずにこの機会に身まかってしまう御老人が増えているという。病院や墓地の霊安室は空きがないほど満室に。毎日、2,3件お弔いがあって雑事が間に合わないと悲鳴をあげるある墓地の職員や葬儀屋さん。

その3
病院にエアコンが無いところでは病人はもちろんだが、新生児に脱水症状を起こす例が多い。新米ママたちもこの暑さでまいっていて、お乳が出ないし体力もない。熱射病や脱水症状で運び込まれる人が急増。看護の人手もベッドも不足気味。赤十字が応援を出したりしている状態。エアコンのある病院ではレジオネラ菌感染で死者が出たりも。

その4
農作物が日照りで焼け枯れ状態。または例年より半月から一月早い収穫となり、ぶどうは熟したまますでにほとんど干葡萄状態。9月始めに収穫用に臨時雇用しているところが殆どで、いきなりすぐに人を集めるのはすごく難しい。でも、予想では暑い夏で2004年のワインはおしいいそうな。

その5
パリ市内の街路樹や公園の樹の枝が枯れ落ちる。うっかり木陰で涼を取っていると、上からドサっとなりかねな〜い。子供の木登りも超危険!路上にはすでに乾燥した枯葉舞散る。

その6
このまま暑さが続くと来週にはフランスも少し電力制限があるかもしれない。来週からヴァカンスを終えて社会復帰するケースが多いので、企業での熱量消費が懸念されている様子。でも、エアコンない企業もいっぱいある。夕べはほんの一瞬停電。

その7
街頭の朝市での衛生管理。たいがいは自分の持ち場の直ぐそばにトラックを駐車してあるので生鮮食料品はできるだけ少なく並べて、必要に応じて冷蔵トラックから取出すなど、お花屋さんもしかり。
いつもの市場の場合は普段から衛生管理が比較的しっかりしているけれど、夏場のお菓子なんか売っている臨時のスタンドは要注意とのこと。そうだそうだ。

その8
刑務所。普段から定員オーバーで地獄のところをこの暑さ。ある刑務所では一部屋4人の定員オーバーに、当然エアコンなし、扇風機なし、シャワーは多くて週3回。刑務所増設するために庶民の税金が増すなんてという雰囲気でなかなか問題解決にならない。ま、たしかにそうです、刑務所増やしたって犯罪の減少になるわけじゃないしね〜。でも、そこで働いている人たちはタマッタもんじゃない。それでガードマンが内輪で揉め事が起きる刑務所も。

その9
毎年夏は、南の方では山火事や森林火事が耐えないけど、今年はひどい。ポルトガルやスペインはもっと事情がひどいらしい。消火ヘリの供給も足りず、まさに焼け石に水。タバコのポイ捨てが原因という許せない話も。

と、まだまだあるけれど、とにかく、いきなりこんな気候になって、すっかりマヒしているフランス2003年の夏であります。

 

そんな筈じゃない暑さに 庵主また萎えかかりつつも元気を取り戻すの巻

2003.08.12

夜は暑さで寝付かれない上、やっと寝たら直ぐに暑くて目が覚めるの繰り返し。
何でも夕べは明け方ににわか雨が降ったというのだが、庵主が住む13区界隈では暑いばっかりで風も雨もどこへやら。その雨が降ったとされる時刻は、すごく暑くて目が覚めた頃だから、狭いパリでも天気が違うんです。

さて、随分回復した気分で朝を迎えましたが、やっぱりまだまだ。でもせっかく昨日作ったモヤシのキムチまがいを食べたくて、ということは食欲回復の傾向。よしよし。というスタートから仕事の仕上げに取り掛かった庵主でした。

そうだ、今晩はBくんと「猫の恩返し」を観に行く約束してたんだ。元気にならんとな〜。しっかし暑いな〜。ということでまたまたアイスノンを抱えて昼寝。その後、夕方うちの前の郵便局にちょっと投函に出た。

ウォ〜〜〜〜〜〜〜っ、なんじゃあこりゃ〜って、松田優作風になる庵主。(笑)こんな筈じゃないぞ〜ォォォ!

こりゃ、暑いを通り越してまっせ。アパートの大玄関の扉が熱くて触れないよ〜。まるでヨガの修行の火渡りみたいな具合に通りを向こう側に渡って、あわてて戻ってへなへな。所要時間5分もかからずして汗が滝のごとく吹き出るしだい。あわてて水のシャワーを浴びて着替えてフーフー萎えていたら、Bくんがめずらしく定刻より早く迎えに。(時間がゆっくりの星の人のひとり・笑)と、いうのは8月のパリって道がガラガラなのです。夏休みなもんでして。だから目的の映画館にもあっという間に着いちゃうし、なんと言っても駐車に困らない。これ、最高です。

ああ、映画館は涼し〜〜〜っ!! 

ジブリの映画は人気ですからね。ちゃんと大きな映画館で上映されてるんですよ。仏題は「Le Royaume des chats」ル・ロワイヨウム・デ・シャ 、猫の王国です。恩返しみたいなありがたい言葉も感覚もないからね〜。ま、これはいいとして。普通の女の子の話ながらも、夢も笑いもあり、ちょっと不思議の国のアリスっぽいのがイヤミでもなく、フランス人にも結構受けてました。だって、みんなよく笑ってたもん。Bくんもかなり気に入ったようでした。もののけや千尋に比べて説教臭くないところが気楽で楽しいのがイイのかな。

今年の夏は例年に比べて暑い!...ハイハイ。じゃなくって、面白い映画が沢山公開。T3は先週から。明日からはカリブの海賊も。こういうの普通なら9月以降に公開するんだけどね。どーしたのかな?それよりも、あのチョウ・ユン・ファ主演の経典ものと、ミッシェル・ヨー主演の似たようなタリスマン云々ていう映画が同時に明日から公開なのね。これワザとしか思えないやり方で、思わず、「ね、どれ観る?」とBくんに聞いたら、「全部観るよ」とあっさり答えてくれました。よ〜し、観に行くぞォ。なんでも今月末は3日間、映画代3ユーロ(¥400以下!)ってことなので、その頃なら少しは涼しくなってるかな、と期待している庵主です。

映画の後はレ・アール界隈でエスニック料理をつまめるお店に入り、小皿に7品(なすのキャビア、豆のペースト、赤ピーマンのオイル漬、アンチョビー、ニンジンのオイル漬、タブレ(クスクスのサラダ)、メルゲーゼの辛子ソース和え)と鶏とレモングラスのサラダを注文。香辛料が効いてさっぱり口当たりもよく、ちびちびローゼワインと共に味わいました。


なんかすっかり元気になっている庵主。

それにしても夜中の12時半を回ったというのに、外は30度たっぷり。明後日からヴァカンスで里帰りするBくんに、コルシカもすっごく暑いでしょ〜?なんていったんだけど、今回に限って実はあっちのほうが5度ぐらい気温が低いようです。ふ〜っ。

小皿7品のComptoirコントワールというお店はこんな感じ↓

 

庵主 倒れるの巻

2003.08.11

天気予報で言うところの気温はあくまで予報であって、日本で新聞なんかに載っている世界の天気の気温も、またこれ事実とは違ってます。パリは本当に灼熱地獄となって、毎日40度前後。夜になっても30度以下にならない。エアコンない。(しつこい!!)

床も壁も机も何もかも、み〜んな、触るとあったかいし、水道の水も冷たくならない。風が吹いていると熱風。冷たいお茶やビールも、コップに注いで直ぐに飲み干しちゃわないと生あったかくなっちゃう。う〜〜〜〜〜っ。

煮炊きなんてもってのほか。かと言って冷たいものばかりじゃ体に毒です。なんて言いつつ、午前中の比較的耐えうる時間帯に買い物して、野菜なんか下湯でしたりしちゃお〜と頑張ったのでありました。しかし。。。。遅かった。

お昼ごろから、な〜んか変な気分。食欲まったくない。冷やし中華だって、おそーめんだって食べたくない。手に力が入らない。そこでやりかけの仕事をほっぽり出して、アイスノン片手にドタっと倒れこんだ庵主でした。

水分は十分すぎるぐらい取ってるけど、塩分不足で極軽度の脱水状態というか電解質不足でした。

フランスって日本みたいにスポーツドリンクみたいなのないのね〜。ミネラルウォーターは山ほどあるけど。だから岩塩なめなめっていう感じで、おかゆも味噌味にしていつもより濃い味で、なんとか胃腸も回復。

ファイトォ〜と勢い込んで下湯でした黄モヤシ。にんにく、醤油、酒とコチジャンに漬けてもりもり食べようとしたのですが....。すでに手に力入ってなかったのか写真ボケてます。

 

庵主 炎帝の地獄の仏となる の 巻

2003.08.10

 昨日9日は6日の広島に続いて、長崎の原爆記念日でした。毎年フランスのニュースでも必ず式典の模様などが放送されていたのに、今年はなかった。イラクのことのほうが差し迫って身近な問題で、半世紀以上昔のことは棚に上げられてしまったのかしら。それに引き換え、日本は台風に襲われて四国上陸し、死者も出たというのをラジオでは何度も言ってました。これはもう、酷暑で天候に敏感になってるとしか言いようが無い報道。

  今日は午前中ちょっとだけ涼しかったので散歩に出かけた時のこと。以前から比較的しょっちゅうある事なんですが、中国人に道を聞かれた庵主。だいたいこういう手合いはフランス語からっきしダメという人が多い。そこに、中華街から一本外れた道を歩いている『中国人』の庵主は地獄に仏であるのだ。ムハハハ。

心配そうに、しかし笑みを浮かべて寄ってくるどう見ても日本人じゃない東洋人。

「○×△?・。<:*嗎(ま)?」(嗎は日本語の〜か?)

おおおお、来た来たきたぞ〜。今日は中国人かどうか確かめもせずにいきなりモノを尋ねおったな。どうやら、道をさがしているらしい。らしいって、そうですよ。半分も判んないもの。想像、想像。

「何ていう道ですって?」(てきと〜。)
「あ、×○通りです」
「え???」(発音悪いんだべさ〜。)

すると相手はしわしわの紙切れを広げて見せる。(フムフム。簡単。これなら教えられるわぁ)
   
と、いうことで、今日は無事クリア。うまく通じてよかった〜。

                *********
  
  お昼のニュースの後、TVのチャンネルを変えていたら、画面でいきなり熊が鮭にかぶりついておりました。すごい。しかし美味しそうである。鮭の生造りですからね。(笑)それにたっぷりのイクラ。よだれが出ますね〜。じゅるじゅる。なんでも鮭の産卵期を狙うのはこのイクラが目的なんだそうで、これを十分に食べないと無事越冬できないそうです。冬眠のためのエネルギー源。とかなんとかもっともらしいこと言っちゃってェ。熊さんたちはコレステロールの心配ないのかな〜なんて。(爆)  幸い現在のところ熊さんと鮭の需要と供給のバランスは保たれているそうです。っていっても、あれはどこの話だったのかな。
 
  この酷暑でフランスの養鶏場のニワトリさんたちは多くがみまかっているそうです。南無南無。
ノルマンディーのあのお隣のニワトリは大丈夫だろうか?

  ただいま夜の7時過ぎです。(フランス時間ですから実はまだ9日です。)お部屋の中は31度になっておりますです。  

 

ワークショップ便り 最終回 やっぱりシャンペン抜かないとね〜の巻

2003.08.09

もう暑いという言葉以外に世の中存在しないような状況です。やっと2時過ぎに寝付けたと思ったら朝5時半だって暑くって目が覚めちゃう。昼間は暑すぎてシエスタもままならない。こうやってPCに向かっていると機械の熱でなおさら暑い。しつこいようですが、エアコンないんですゥ。今、商売あがったりなのがカフェやレストラン。エアコン無いところはどーする?閑古鳥ですよ〜。日がたっぷり当たってるカフェのテラスなんぞに、誰が行くもんですか。

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いよいよワークショップも終わり。今年はカリグラフィー協会のSCRIPSITスクリプシットもめでたく10周年。そのお祝いとスタージュ終了を兼ねてシャンペンで乾杯です。
この日はつかの間の涼しさの後の暑さが戻ってきた頃で、お昼の日が照りつける中での乾杯でしたが、こういう時って皆しゃべりだすとなかなか止まらないもの。そうそう、庵主はおかきと柿の種を持っていったのですが、袋を開けた途端におかきは姿を消し、この日は柿の種もほとんどなくなりかかって、だれかが他のナッツ類と盛り合わせてつまみに見繕ってました。柿の種は前にも評判だったんだわ。次からは二袋にしようっと。(笑)
 
  お庭は広くて奥には畑もあり、また、お隣の養鶏場から必ずにわとりが侵入して散歩してました。写真とりそこなっちゃって残念。卵はそこで買ったのをみんなで食べました。やっぱり生みたてのはおいしい。今回のスタージュではヴェロニックが一人で料理番で、彼女は気功の先生から教わったらしい中華風薬膳料理に凝っていて、春雨スープだの焼きビーフンだののメニューがなぜか今回は多かったなあ。私は助かったけど。ご飯時はお箸講座の先生を務めた庵主でした。春雨もどしたりなんたりも庵主の担当。デザートも杏仁豆腐もどきのものを作ったんだけど、ヴェロニックの好みですっごく硬く、オランダチーズや石鹸みたいとの評判。(笑)私は周囲の人に密かに「日本では寒天の量がもっと少ないの」とぼそぼそ。作った御本人は御満悦でしたが...。でもね〜、紳士淑女の集まりだから(?)ちゃんとお代わりしたり、みんな頑張って食べてました。エライ!!二日後、ココナッツミルクかんをするとの予告。おおおお〜。全員、顔に縦じまですよ〜。(爆)

   そして二日後。出ましたね〜。ココかん。またまた縦じま状態ですね〜。みなさん。でも今度はちょっと柔らか目で前より細かく切ってあり、くだものもいっぱい入って、ココナッツミルクたっぷり。ぐんと食べやすかったです。ヴェロニックは「みんなはこっちのほうがイイ?私は前のほうの硬さが好きなんだけどなぁ」「し〜ん。」「まだもう一回分あるのよ〜」「え〜っ!!!」。結局、残りはパリに持って帰りました。庵主はビーフン炒めをパリにテイクアウト。だって、他に誰が持って帰るっていうのさ。

   実は帰りは残っている者でざっとお掃除お方付け。ま、これは当然のこと。それから中華なべ、調味料、残飯、いっさいがっさい車に詰め込んだものの、一台じゃ入りきらない。行きは二往復して荷物運んだっていうんですもの。無理ですよ。それで、車でパリに帰る連中で荷物を分割。私はフランソワーズと一緒にいっぱい荷物を乗せて、もう一人が運転する車と同時に出発。目指すはパリのアトリエです。私達2台はほぼ同時に着いたものの、肝心のヴェロニックとヴァンサンが着かない。家主に御挨拶して時間をとられるにしてもとか話しながら、椅子を積んでいることを思い出し、幸い歩道は日陰だったので3人で椅子に座って待つこと40分。やれやれ。それから荷物を二階のアトリエに運び込んで(二階で良かった。エレベーターないから)無事、今回のスタージュは終了しました。ヴェロニックが「よかったらお昼一緒に食べない?」って言ってくれましたが、あたしゃ家に帰ってビーフン食べるさ、他の二人はきっと内心ココかんを食べるのがいやだったに違いない(笑)、ということで、そこで解散。庵主は家に戻ってから、ほとんどおやつの時間帯にビーフンを食べました。

  写真上部はシャンペンをポ〜ン!の図。本当はCHAMPAGNEシャンパーニュといいます。英語でシャンペィンって言うからシャンパンとかシャンペンって日本人は言うのです。下部は向かって右からお庭の一部、例のツバメのビリッケツくん、そして実を付けていたブドウ。  

 

ワ−クショップ便り その6  巴里は40度を超えたまま日本の暦では今日は立秋

2003.08.08

 パリにはエアコンのない病院があるとニュースでやってました。それはなんと庵主が利用している病院。9月まで行く予定ないな。ほっ。扇風機はホコリが舞い散って衛生上望ましくないとのことで使用禁止になっており、考えただけでもぞっ〜。でも特別に新生児室だけは扇風機が置かれたとのことだけど、うちのと同じのだった。タイマーもなんにもない首振るだけでもマシなヤツです。エアコン無くて扇風機も同機種で、うちの状態とほぼ一緒ってことか〜。そうですよ、日本の皆さん、フランスの普通の家にはエアコンという代物はありません。湿気も少ないし暑くなることもないし、昔の石の建物は涼しいしと3拍子揃っていたのは....前世紀の話となりました。

 夕べは頑張ってきんぴら作ったぞ〜。フランスにも牛蒡の親戚はありますが、やわらかくて味もそっけもない。何でも戦争中の食べ物だといって口にしない人もいます。日本人が戦争中に捕虜に食べさせて木の根っこだと思われ、その一件での戦後の裁判は有名な話だけど、洋の東西で牛蒡と戦争の関わりは随分違ったものです。

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  さて、スタージュその後、その6。毎回泊りがけのスタージュの時にはLIVRE D’OR リーヴル・ドールといって記念に芳名帳のようなものを作っています。写真も貼ったりしていわば記録帳。普通はスタージュのテーマに合わせてそれぞれ参加者が感想やら冗談やらを書くのですが、これが後から読むとすごく面白い。冗談といえば、必ずといっていいほど、エスプリの効いた小話や笑い話が食事中や夜に飛び交って、お腹が痛くなるほど笑い転げたり涙が出たりタイヘンなのです。今回はブロンドシリーズが多かったかな。金髪の女の子はお馬鹿ちゃんだという一般的なイメージをふんだんに取り入れた話。
  例えば、「ある晩に女の子達が何人かで集まって勉強してました。みんなブルネットでした。どうして?→ブロンドの子達はみんなデートで外出している。」とか、
  「あるブロンドばかりでのコンクールで:2+7は幾つですか?との質問に指名された子が一生懸命考えて、6!。すると会場の女の子達が一斉に『チャンスをもう一回!』と大合唱。二問目は3+6は?う〜ん、10!! 会場から『もう一回、もう一回!!』。ではこれで最後ですよ、じゃあ1+8は? え〜とォ...う〜んとォ...あっ!9ですゥ!! 会場から『もう一回、もう一回!!』」てな具合。
  この「もう一回」大合唱は何かに付けてスタージュの間中、みんなのクセになって、その度に大笑いでした。

  庵主がヴァンサンと二人で笑いすぎて涙したのはお芋の話。海辺でもてない男の子が、友人にどうしたらいいか尋ね、海パンに芋を入れれば良いと教わり、翌日さっそく試しましたがダメ。昨夜の友人に効果を聞かれ不発だったことを告げたら、「まさか後ろに入れたんじゃあるまいね?」。これ、その姿をイメージしながら聞いてて、落ちの前にだいたい想像できるんだけど、ばかばかしくっておかしいの。思い出し笑いでも十分泣けます。(笑)

  あ〜もう話がすっかりそれちゃいました。え〜と、そうそう芳名帳か。ま、写真を見てください。で、済ませるわけにもいかないか。(笑)

  家主さんに進呈した寄せ書きと同じ文だけどデザインを変えました。今回やったいろんなテクを取り入れて、言わば集大成って感じです。縦に書いたHIRONDELLESツバメは葦のペンで書体はいろいろ草書体。その横に横書きで小文字のローマの草書体で全文を筆ぺんで、そしてあのグルグル各種盛り合わせ。先の細いペンと葦のペンで組合わせています。最後にサイン。これはイギリス書体の崩し書きというのを締めくくりにやったので、それを用いました。茶色いインクはインクじゃなくてくるみの表皮液です。本来は木の家具なんかを色よく艶出ししたりする時に使うものです。

やれやれ、なんとか無事終了。

  スタージュの時、なんか日本のおかしな話ないの?って言われていつも困ってる庵主。だって得意の落語は言葉の遊びなんかの駄洒落が多くて訳せないし、笑いの種類も違うしね〜。金髪の話だって、お芋だって、フランス語だから十分おかしいのであって、日本語にしちゃうとちょっと違うしなぁ。

明日は、おまけの話をつけます。

 

ワークショップ便り その5 ツバメの巣立ちに感動した日

2003.08.07


  今日は我が家のバルコンで温度を測ってみました。ぬぁんとっ!!午前中にもかかわらず、日が当たっているところは40度を超えておりました。うひょ〜。
足のふくらはぎがむくんでパンパン。手の先からは湯気が出そう。煮炊きなんかするのもいやだけど、だからって冷たいものばかりじゃ体によくありません。う〜〜〜〜。と、頑張った庵主は今朝近所の第一商場という中華のスーパーにキリンの一番絞りを買いに行ったのでした。ってそうだけど違うって、お豆腐と大根。でも、「台湾牛蒡」がど〜んと山積みになっていて、これに遭遇したのは初めてじゃ。しからば、昨日ニンジンを買ったことであるし、こんにゃくも冷蔵庫におわせられるによって、きんぴらしてしんぜよう。と相成りました。(現時点ではまだ取り掛かっておりません)

 
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 さて、スタージュも佳境に入ってまいりました!
昨日お話したグルグルしたのは写真の左上です。こんなのをずっとやってると次第にやけっぱちになります。鉛筆やいろんな種類の道具やペンで試すことかなりの時間費やしました。(笑)

  宿泊先には大きなお庭やら畑やらあったのですが、つばめの巣も。みんなが寝泊りしている家(写真右上)に巣があって、最初は親鳥が餌を運んでくるといっせいに狭い巣からくちばしがたくさん出てきて、ちょっと気持ちわりィ。でも、懐かしい光景なので見入ったいたら、庵主は親ツバメに威嚇されました。それを見ていた人が「僕も今朝ここでタバコ吸いながら見てたら襲撃された」と言ってて、それでも二人でしばらくそこにい続けたら、またもや親ツバメに怒られちゃった。そしてある昼近く、何人もがそこに集まってたのでどうしたのかと思ったら、雛の巣立ちで最後の一羽がまだ飛び立てないんだという。早速カメラを持ってきて、巣から出たものの飛び立てないでいるビリッケツくんをパチリ。途中、巣立ちの先発隊が様子を見に戻ってきたりして、随分たってからようやっと私達観衆を後に無事飛び立ちました。みんなで拍手しちゃったもんね〜。そうしたら、先発隊のお兄ちゃんたち(勝手に雄って決めてる)2羽が迎えに来て、3羽で楽しそうにグルグルぴゅんぴゅん飛び回って、その光景に涙が出んばかりの人間達でありました。

  で、カリグラフィーノ方はっていうと、お宿の家主さん御夫妻にみんなで寄せ書きした作品をプレゼントしようということになり、ありがとうとか庭がすばらしいとか、また来たいとかなんとか、そこにちなんだ文句を書きました。そうそう一度マダムが写真を撮りに来たことがあって、「突然に現れた魅惑的な女性カメラマン云々」っていう文章もあったな〜。庵主は例の一茶の句、そよ風は蝉の声より起る哉をもじって、

DANS LA DOUCE BRISE GAZOUILLENT LES HIRONDELLES 
ダンラドゥース ブリーズ ガズイユ レジロンデル

「そよ風にツバメがさえずる」という巣立ちした子ツバメ達を称えた文章を添えました。写真の左端の方がそれです。これは本文をローマン・キャピタルの草書体で筆書き、それにグルグル(細いペン先と先太の葦ペンの組合せ)を添えてアクセントを付けました。写真の作品は残念ながら完成品じゃなく、このあと、真ん中に赤で縦にもう一書き付け加えて家主夫妻に進呈。

さて、いよいよ明日は最後に仕上げたスタージュの芳名帳の作品です。乞う御期待!!な〜んちゃって。

 

ワークショップ便り その4  暑いです。もうそれ以外何もいうことな〜い。

2003.08.06

  フランスは酷暑。パリもめっちゃくちゃ暑い。もうほとんど40度ですよォ。百葉箱の温度が38度なんだから、日中の♪ぎ〜らぎ〜ら太陽がぁ燃えるゥよォなぁ(これ、直ぐに歌えた人は年齢層高いと思います・笑)状態では当然40度超えますよ〜。
ニュースによると扇風機もエアコン店頭品切れだそうです。うひひ。庵主はおんぼろでも扇風機あるもんね〜。

 夜は熱帯夜でアイスノン枕。それといっとる芸者ガール団扇。
   
        *****************

  さて、ワークショップの続き。棒や○△□、ちょっとはまともに字を書いたものの、はたまたそのお次はぐるぐる模様を書くことに。本当にただぐるぐるやるだけ。でも馬鹿にしちゃいけない。自然にリズムを付けて、無秩序ながらある程度の秩序がある一本のラインに仕上げてゆくのはそう簡単なことじゃありません。黒板にちょっとお手本があるの見えるかな〜。ちょっと無理かな。これは別に明日にでも写真UPすることにしまひょ〜。

  どんなとこでやってたか、それとヴァンサンの写真を特別掲載しま〜す。今頃は南の方に遊びにいってる筈なんだけど、この暑さでどーなってることか...。

  スタージュは民宿の別棟を特別に借りてやりました。普段使ってないから蜘蛛の巣もいっぱいだし、壁の漆喰にも穴がところどころにあって、ふる〜い建物です。ま、こんなのこっちじゃいっぱいあって珍しくないんですが。そこに、パリから机だの椅子だの運び込んで会場セッティング。一応夏のサロンと名付けられているらしいけど、舞台があって、おんぼろピアノがホコリまみれ。学芸会会場のようです。ピンポン台もあり、ペンをラケットに持ち替えて遊んでる輩もおりました。誘われたけど、やらずジマイ。これもね〜、得意でしょう?日本人て結構強いもんねェなんて言われちゃって、うへェ〜。顔に縦じま倍増の庵主でありました。(笑)

 

ワークショップ便り その3 +今日の出来事

2003.08.05

まづは今日の出来事から。今日って言っても昨日の事ですが...。

ワークショップで一緒だったフランソワーズが家に遊びに来ないかと誘ってくれたので、ちょっと出かけてきました。彼女はパリ郊外のフォンテンヌブローのちょっと先の田舎に住んでいて、印象派のシスレーが住んでいた辺りです。森や川原を散歩して、サラダ系のお昼を食べたあと、暑さでぐったりだったので夕方お昼寝。起きたのは6時半ぐらいだったかな。それからお庭のりんご拾ったり、オゼイユというほうれん草みたいな葉っぱを摘んでスープにしたり。蟻と油虫がいっぱいで、洗うのタイヘンでした。夕涼みがてら、今度は家の直ぐ近くの森を散歩して、といってもちっとも涼しくなくてね〜。もう異常です。家に戻ってスープを飲んで、電車にのって帰って来ました。11時だっていうのに外はめちゃくちゃ暑くて、汗だっくだく。そうだわ、フランソワーズは中国人に書道や墨絵も習っているから、それを見せてもらおうと思ったのに、暑さですっかり忘れちゃったわ。

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さて、スタージュの続き。訳のわかんない○だのなんだののお次は、いよいよローマン・キャピタルの草書体やそのバリエーション。葦のペンの細いのやら幅の広いのやら、マーカーだとかでアクセントや勢いをつけていくつか書きました。この日は確かどんより曇り空で雨もちらほら。かなり涼しかったので庵主がサンダルでなくて靴をはいていたら、今日は五本指ソックスじゃないのォ?なんて早速いわれちゃいました。(笑)

ローマン・キャピタルの草書体はあんまり熱心にやったことがなかっんだけど、なぜかエキスパートのように勘違いされて、またまた顔に縦じま状態。(大文字じゃなくて小文字のほうなのよね、得意なのは)

茶色い字のほうがローマン・キャピタルの草書体、黒い字の方がそのバリエーション。

 

ワークショップ便り その2 字を書くにもいろんな科学がつきまとうの巻

2003.08.04

田舎の朝はめっきり涼しい。みんな上はセーター姿、足元は裸足でサンダル履きという按配。庵主も中華街で買ったぽっくり風のぞうりに、五本指のソックスを履くというほとんど昔よく見かけたおばあちゃんスタイル。(笑)でも、五本指ソックスはフランスでは売ってないので大評判で、汗すって気持ちいいんだぞ〜って自慢まんまんなのだ。みんな欲しそうな顔してたから、注文とって商売すればよかったな、な〜んちゃって。(笑)

さて。肝心のスタージュ(ワークショップなんかのことをフランス語ではこういいます)は、まづ、ローマン・キャピタルを基本に、引力の法則に基づいて上から下への動き。字を書くにも物理や科学も必要なのね〜。(汗)濃い目の鉛筆で筆圧の変化を付けてBOUSTROPHEDONブストゥロフェドンに挑戦。ブストゥロフェドン?なんじゃそれ? それは、昔の畑仕事の牛車のわだちから由来していて、ギリシャ語のBOUSが牛、STREPHEINが回すという意味。次は言語学に歴史か。やれやれ。一行目は普通に左から右に書いて、二行目は一行目の右端の直ぐ下から左右に反転した文字で左に向かって書き、三行目は左端下からさらに文字を反転させて、つまり普通の文字になって続いてゆくというもの。写真の左上がそうです。文章は今月の一枚に載せた一茶の俳句のUNE DOUCE BRISE S’ELEVE DU CHANT DES CIGALES。他に力の強弱や勢いをつけて線や○△□なんかを楷書風、草書風と道具も鉛筆、マーカー、筆などいろいろと使って書いてみました。結構これが思うように行かず、まっすぐ何本も線を書くのは難しいし、丸だってそう。横一文字はまさに一の字なのはいいとして、四角なんか書いてるうちに口の書き順になっちゃったりするし、串刺しのおでんを書いてる気分にもなったり(笑)、庵主が筆で書いているとみんな寄ってきちゃって困った困った。(習字はできないんだよ〜、そんな見ないでよ〜)「さすが、やっぱり筆の持ち方とか運びが違う!もう、体に染み付いてるんだ」なんてお褒めのお言葉をシャワーのごとく浴びてしまった庵主の内心は菜っ葉に塩、ももこの顔に縦ジワ状態でありました。

 

ワークショップ便り その1

2003.08.03

いきなり涼しくなってノルマンディーってことは、パリよりもさらに涼しいわけで、密かに暑くなることを望んで日除けの帽子とタンクトップをカバンの底にしのばせて、その他はほとんど秋支度で出発した庵主でありました。

行く先は車で北西2時間弱のFLEURY-LA-FORETフルーリィ・ラ・フォレ。花の森ってナ感じの町の名前ですが、そこのGITジットという民宿を貸切ってカリグラフィーのワークショップでした。参加者は15名。寝食ともの一週間です。今回はスクリプシットのヴァンサンの指導でテーマは草書。いろんな書体を勢いを付けて崩して書くという具合。だから字を書くというよりはいろんな道具を使って筆の運びの練習からお勉強です。ぐるぐる書いたり戻したり、勢いつけて跳ね返ったり、などなど。
これは順を追って日記にすることにしました。

まづは庵主が泊まった部屋の窓からのマロニエ。樹齢は相当だと思います。やっぱり田舎の空気を吸ってる樹はちがう!!葉はこんもり茂って、実もいっぱいでしょ。

 


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